俳句 めだかの学校

俳句と文藝のホームページです。

せんせいも生徒もありません。 みんなで遊びましょう♪〜

 


●きょうのことば

山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。
 情に棹(さお)させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 とかくに人の世は住みにくい。


        夏目漱石「草枕」冒頭より


今日は何の日?


2005年10月12日・水曜日・赤口

記念日】

★コロンブス・デー

1492年のこの日、クリストファー・コロンブス(1441−1506)が、サンタマリア号で航海中にアメリカ大陸を発見したことを記念したアメリカの記念日。地球は丸いと信じ、大西洋を西に行けばインドに着くはずと航海にでたコロンブスは、死ぬまで自分がインドに到着したと思い込んでいた。


 


【できごと】

★田中角栄元首相に懲役4年追徴金5億円の実刑判決[1983年]

ロッキード事件丸紅ルート判決で、田中角栄元首相に懲役4年追徴金5億円の実刑判決が下ったのが1983(昭和58)年のこの日。前代未聞の元首相の逮捕に続く実刑判決には、日本中が騒然となった。田中角栄は、判決を不服として直ちに控訴するが、控訴審判決でも一審判決が支持された。田中角栄はこの判決後も辞職はせず、2カ月後の総選挙で日本中が“反角”に沸く中、地元の新潟3区から出馬し、予想を大幅に上回る得票数で当選を果たしている。1989(平成元)年に政界を退き、上告中のまま1993(平成5)年に75歳で死去。

★松尾芭蕉、食中毒に倒れる[1694年]

江戸時代の漂泊の俳人、松尾芭蕉(1944−1694)が旅先の大阪で、食中毒のため亡くなったのが1694(元禄7)年のこの日。辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」の通り、旅先での客死だった。全国を旅する中で、「奥の細道」「野ざらし紀行」などの紀行文と数々の名句を残した。その生涯には謎が多く、一説には隠密(スパイ)活動のための旅だったとか、出身地が伊賀上野であることから忍者であったのでは、などともいわれている。長期にわたる旅の資金の出所が不明なことも謎に拍車をかける。毎年この日、芭蕉の生誕地である三重県上野市では、芭蕉を偲んで“芭蕉祭”が行われる。


 

 

 

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 ’04年忘れ俳句会選句結果


 ●特選句  ◎準特選句 〇入選句




01.熱燗を股座(またぐら)におく赤提灯 まさみ
   翠花●、ゆき◎、たかと〇

03.色鉛筆で描きても燃え 紅葉山 翠花
      まさみ、

04.うつりゆく病室の窓 枯木立
  モリオ●、汀子、

05.幼子の耳ふくよかに秋盛り 汀子
  ゆう、たかと〇

06.オルガンの聖なる響き秋深し 汀子
  ゆう、たかと〇

07.柿をむく君が夫で嬉しい日  澪
   ゆき、yeats、たかと〇

09.風花がドレミファソラシド舞っている 翠花
             たかと〇

10.鴨の水尾逆さの富士を横切りぬ ゆう
        たかと〇

           

 11. から揚げの海老の尻尾や紅葉宿 翠花
たかと●

12.枯れ蓮(はちす)印を結びて静かなり 翠花
    まさみ、モリオ●、yeats、たかと〇

13.外苑の いちょう夜空に つきささり らら
    まさみ、たかと〇

14.割烹着 師走にだけ 使われて らら
   モリオ、たかと〇

17.車捨て歩ゆむ目線に秋の草      
         い経て見えてくるもののあり たかと
   ゆき、

22.極月のせはしき日なり長電話 たかと
   汀子、Yeats

23.小春日の奈良の大路をさまよいて
       あおによしなる古都をしのびし モリオ
     まさみ、

26. 師の像を仰げば一機冬の空  まさみ
     ゆき、翠花、汀子、たかと●


27.新郎の可愛さ憎さ娘嫁ぐ まさみ
   モリオ、

28.瀋陽の 凍る空気と 人の華   yeats
    たかと〇        

30.添書に気持ちをこめて賀状書く ゆう
   汀子、

31.添書の語るがごとき賀状かな ゆう
    翠花、   

34.茶の花の蕊に包みし日のぬくみ ゆう
   ゆき、翠花、yeats、たかと●

35.つぎつぎと雲とりかえて雪の富士 ゆう
たかと〇


36.ディナーショウときめいて待つ年の暮れ 汀子
             
たかと●


38.トンネルを抜ければ秋の にしきなり モリオ
   ゆう、

39.中ノ島紅葉ゆらめく舫(もやい)船  まさみ
         いにしえ人の姿思ほゆ 
    モリオ、翠花、

40.にんげんも鳩も影もち小六月 たかと 
   ゆう●

42.陽だまりや電車一本見送りぬ まさみ
   ゆう、yeats、たかと〇

44.深々と雪しんしんと花の上  澪
        たかと〇


46.冨士のごと育て初孫秋の空  汀子
たかと〇

47.ふたりなら隠れますよと朧月  澪
     まさみ、たかと〇


48.ブデイックのウインド飾り 春を待つ wako
    たかと〇      

50.冬鴉峠の明かり一つ三つ  まさみ
 たかと〇

51.冬雀トントン屋根を繕ひぬ たかと
    まさみ、汀子、翠花、

52.冬の陽にほんのり温むガラス窓 汀子
   ゆう、

53.冬の陽は稜線赤く染め落ちぬ 汀子
    モリオ、

54.冬初めケトルが鳴らす口笛も たかと
   ゆう、汀子、

56.舞い落葉 影の私と たわむれて 翠花
     まさみ、 モリオ、たかと〇


57.町にきて 日向ぼっこの 懐かしき   yeats
たかと〇     

58.またひとつ涙を置いて丸くなる  澪
    モリオ、たかと●

60.群鳥のねぐらはいずこ冬の空 汀子
   ゆう、

61.妄想がひとりブランコ漕いでいる  澪

たかと〇


62.黙二人 恙なき日の 秋のくれ モリオ
   翠花、yeats、たかと〇   


64.餅つきの 板とんとんと 食の市 yeats
   ゆき、たかと〇 


67.夕暮れや もう急ぐこと吾れになく モリオ
まさみ●、ゆき◎、汀子●、Yeats●、たかと●

70.綿虫のほかは音無し門構  たかと
   ゆき●、翠花、Yeats、汀子、





********************** 


  




●「今月のめだか」推薦句  

●杜夫

風かおる 若きナ−スの束ね髪
面影の母や回忌の若葉光
作井川 鷺がいねむりしておりし
受診待つ 都忘れの 花一輪
行く秋や 寂しいですかと風がきく
雪やみて 露地美しき 蔵のまち
亡母(はは)あらばサンマの煙り 栗ご飯


●ゆき

渡し場の跡の棒杭行々子
階段の踏む音きしむ梅雨しめり
風呂吹きの味よく沁みて明日は旅
煮物の香二階にとどく去年今年
蝋梅や過ぎさりし事みなやさし
大寺の鐘の音とどき梅ま白
温め酒心地よき寝をさそいけり


●まさみ

百の花 千の競いて雪柳
夕立や小林一茶濡れてゆき
星月夜男が犬に吠えられている
ゆらゆらと三味のつれゆく風の盆
三年忌ひとりで修す蝉しぐれ
たそがれて梨に雨降る松戸かな
部下のミス謝りに行く残暑かな
海の色残る秋刀魚を焼きにけり


●汀子

母と娘のこんにゃく問答赤とんぼ
老い母の言葉の愛し曼珠沙華
初孫を身ごもりし報 雛の夜
微風には媚びず孤高の冬薔薇
雪原に丹頂の赤舞い下りぬ
製材の木の香が溢れ春の宵
携帯に待つ人の名あり春隣
千本の桜の雲や吉野山
  

●りょう

夜半の秋 厨閑けき友の庵
襟正し聞くや知覧の蝉時雨
蛍火の水辺は恋のふたりかな
先駆けて立つや祭りの大幟
麦茶抱き少年野球の母走る
婿 来ると友の知らせや春の風


●ゆう

マネキンのか細き腕に更衣
竹林は威風堂々葉を落とす
天川の水豊かなり若楓
着膨れを笑いあいして席ゆずる
デパートの華やぐところ雛の菓子
ばりばりと剥ぐカレンダー冴え返る


●yeart

湯船まで迫る青葉と海の青
五月雨や 我を迎える名古屋城
太閤の夢眠らせる 城躑躅
はつなつの海風冷やす湯の火照り


●ののこのこ

山中に 又三郎と曼珠沙華
童むべの裾にまつはる紅葉かな


●澪

残業の母を待つ日の影法師
銀杏の割れて奏でるフライパン
ちから尽き柿の美落つる音響く
指きりの練習ばかりする小指

●つづ

天地(あめつち)の眩しや棚田植え揃い
梅雨明けたり 今日よりニューの白い靴
白鷺や 早苗の畦に憩いおり
紫陽花や しなりて一葉かたつむり
アスファルト揺れだす 夏の陽炎に


●らぎ

かりん湯の湯気の向こうに 夫(つま)の顔


●翠花

結いあげし帯ポンと打ち初鏡
春近し 障子に穴の空いており
目鼻なきどんぐり並べ 遊んでる
藤天神 魚くわえし鵜が走る
隠し湯の軒の燕や 雨あがる
万緑の山にシュプールイワツバメ
イワツバメ 駆けて戻らず 山の朝


●たかと

豆御飯 使いならせし塗りの箸
はくれんの空 ちちははのいます空
もとの名は国有鉄道 花カンナ
振れば鳴る春やサクマのドロップス
声下りて来る早春の観覧車
フレアーの女医のスカート春近き




  季節の言葉  


●霜月(しもつき)十一月

霜が降りる季節であることからつけられた名。旧暦では真冬であるために雪見
月、雪待月の名もある。また神無月の10月に出雲に出かけていた神様が、
帰ってくることから、神帰月ともいう。立冬を過ぎると白鳥が渡りはじめ、冬
は駆け足でやってくる。

初冬、秋時雨、小春日和、木枯らし一号、落ち葉、初霜、霰(あられ)、渡り
鳥、酉の市


旬の味


温もりが恋しい季節には、出回り始めた新酒の酒粕で作った甘酒がおすすめ。
お湯で煮溶かして好みの甘さになるように砂糖を加え、ショウガの絞り汁を一
滴。これで体の芯からポッカポカ。旬の野菜や鮭、豚肉などを、味噌と酒粕で
煮た粕汁もおいしい。

魚介類=かます、かれい、金目鯛、わかさぎ、むつ、ふぐ、あさり、あおやぎ

野菜・果物=ほうれんそう、にんじん、三つ葉、白菜、しいたけ、なめこ、銀
杏、みかん、きんかん、柿



●今月の草花


黄色く色づいた街路樹のイチョウが、やがて落ち葉となって木枯らしに舞い始
める季節。あちこちで掃き集めた落ち葉を焚く煙がたなびく頃には、露地で咲
く花も少ない。野原には名残のリンドウが、庭先には山茶花やつわぶきが、わ
ずかな彩りを添えている。


背高泡立草(せいたかあわだちそう)、山茶花(さざんか)、柊(ひいら
ぎ)、磯菊、りんどう、石蕗(つわぶき)


風習、伝承


●七五三

七五三は子どもの無事な成長を祝い、男児5歳、女児は3歳と7歳の子に晴れ
着を着せ、神社や氏神に詣でる。中世には男女とも赤ん坊のうちは頭を剃り、
3歳になって初めて髪を伸ばす「髪置きの祝い」をする習慣があった。また江
戸時代には、5歳になった男の子は、その年の11月15日に初めて袴を着け
る「袴着の祝い」を行い、7歳になった女の子は、それまでの紐付きの着物に
かわって帯を締める「帯解きの祝い」を行った。これらの習慣が一つになった
のが七五三で、11月15日は旧暦では満月であり、二十八宿の鬼宿日で、ど
んな祝い事にも最高の日とされることから、この日に祝われるようになったと
いわれる。


●師走(しわす)十二月

一年の最後の月であり、区切りをつけて新年を迎える準備に忙しい月。普段は
落ち着き払ったお坊さんも忙しさのために走り回る、ということから来た〜
旧暦では冬の終わりにあたるので、春待月、梅初月の名もある。


風花、雪起こし、寒波、根雪、歳暮、年の瀬、年越し、おけらまいり。




旬の味

年越しソバを食べるのは、昔、金細工をする職人が、散らばった金をソバ粉を
練った団子にくっつけて集めていたことから、金がお金に通じ、
「お金を集める」縁起のいい食べ物とされたことも、その理由の一つだといわ
れている。

魚介類=カキ、ナマコ、ハタハタ、鱈、金目鯛、ホッケ、フグ、ムツ、ワカサ
ギ、タコ

野菜・果物=白菜、しいたけ、かぶ、ごぼう、みつば、ゆず、みかん



   ●
今月の草花

この季節の花としては福井県の越前海岸に群生する日本水仙の花が有名。
冬に咲く数少ない花である。
家々の庭では寒椿や枇杷の花も咲き始め、シクラメン
やポインセチアの華やかな色が花屋の店先に並ぶと、今年もいよいよ押し詰
まってくる。



寒椿、水仙、枇杷、君子蘭、シクラメン、ポインセチア、寒牡丹、薮小路や千
両、万両などの実



風習、伝承

●年越し

年越しは、新年を迎えるために、一年のけがれを払い、祝いの準備をすること
をいう。年々簡略化され、日本の正月風景も変わってきているが、大正期まで
は、12月13日は「事始め」といって、大掃除をして準備を始める日であった。
家中を清浄にし、注連縄(しめなわ)を飾って新たなけがれを防ぐ。そして年
神様が降りてくる場所である門松を立て、25日ころには、餅つきやお節料理の
用意を始めた。餅やお節料理は正月の保存食でもあるが、本来は正月三が日
に、神様と食事をともにするための大切な料理であった。大晦日には年越しソ
バを食べ、除夜の鐘を聞き終わると、初詣に出かけて一年の幸を願ったのであ
る。







 ●きょうのことば




 ● 「子規と漱石」の漢詩



   
 送夏目漱石之伊予  正岡子規  

 去矣三千里  去(ゆ)けよ三千里
 送君生暮寒  君を送れば暮寒生ず
 空中懸大岳  空中 大岳懸かり
 海末起長瀾  海末 長瀾(ちょうらん)起こる
 僻地交遊少  僻地 交遊少(ま)れに
 狡児教化難  狡児(こうじ)教化難(かた)からん
 清明期再会  清明再会を期す
 莫後晩花残  後るる莫(なか)れ 晩花の残(つ)くるに  


大岳=富士山
狡児=悪がしこい少年。松山の中学の生徒を指すのであろう。
清明=春分の日から十五日目。
  四月四、五日頃。桜花爛漫となり万物清新の気に
満ちるとされる。        

夏目漱石の伊予に之(ゆ)くを送る  正岡子規    

さあ、行きたまえ、三千里という長い道のりを。
 君を送る今、夕暮れの寒さが身にしみる。
 旅の途中、大空には富士山がかかるのを見、
 大海原には大波がたつことだろう。
 辺地の松山では友だちも少なく、
 悪がしこい子供たちを教化することはむずかしいだろ う。
 四月の清明の頃に再会しよう。
 くれぐれも、桜花の散るまでには遅れないで欲しいのだ。  


 明治二十八年、漱石は松山の愛媛県立中学に教師として赴任した。
その年の十二月末日、中根鏡子との見合いのため上京、正月を東京で過ごし、
子規の句会にも列した。
一月七日、任地に戻る時の新橋駅での送別の詩である。   夏目漱石は松山の体験を名作「坊ちゃん」として残した。   第五句と第六句の一聯について、漱石は、「もっとも吾輩に適切」と返書して
いる。   正岡子規は、母方の祖父大原観山に漢学を学び、十二歳で漢詩を作った。   漱石と子規は同い年、慶応三年(1867)生れである。    

     無題      夏目漱石    

海南千里遠  海南 千里遠く
欲別暮天寒  別れんと欲して 暮天寒し
鉄笛吹紅雪  鉄笛(てつてき)紅雪(こうせつ)を吹き
火輪沸紫瀾  火輪(かりん)紫瀾(しらん)を沸かす
為君憂国易  君の為に国を憂うるは易く
作客到家難  客と作(な)りて家に到るは難(かた)し
三十巽還坎  三十巽(せん)にして坎(かん)
功名夢半残  功名 夢半(なか)ば残す ?

海南=四国を言う。
紅雪=機関車のはきだす火の粉のこと。
火輪=蒸気船
巽=「易」の八卦の一。人におくれをとる。
坎=「易」の八卦の一。苦労ばかりしていること。
残=くちる、くずれる。  

 四国は遠く千里もはなれている。
 別れようとしている時、夕暮れの空は寒ざむしい。
 蒸気機関車は汽笛を鳴らし、赤いほのおをはき出し、
 蒸気船は大波をきって進む。
 君王のために国家を心配するのはむしろたやすく、いっ   たん旅人と
なって、家に帰りつくことのほうがむずかしいのだ。
 三十歳になって、人におくれをとり、またその上に苦労  ばかりしていて
は・・・。
 功名の夢も、人生の半ばでくずれさってしまったのである。

  漱石は少年時代二松学舎で学び漢学の素養を積んでいる。
正岡子規とは大学予備門(今の東大教養学部)時代に交わりを結び漢詩を作り
合ったりした。   この詩は明治二十九年一月十二日、松山市から東京上根岸町の子規への葉書に
書かれたもので、子規が送った送別の詩と同じ脚韻を用い次韻して作った手の
込んだ作品である。